隆志は「夢の中研究所」に来ていた。
神崎が来る。
「ああどうも、神崎さん。」
神崎は黙ったまま、「オサマラヌイカリ」らしきものを袋から取り出し、説明書きを読んでいるみたいだ。
「・・・」
いつもと違う空気に、隆志は思わずしゃべろうとした。
「あの・・」
その言葉にかぶせるよに神崎が話してきた。
「隆志さん、止めましょうか。」
「・・・?」
神崎の様子がおかしい。隆志は一呼吸おいて言った。
「どうしたんですか?話して下さい。」
神崎は、受付の横にある、個室のような部屋に、隆志を招いた。
*
「神崎さん、どうしたんですか?よかったら話して下さい。」
「隆志さん、私は今まであなたにしてきたことが、間違いだと感じています。」
「・・・」
「私は、薬を使わない治療法を見つけ出そうと必死に研究をしてきました。でも結局、薬と薬を調合したもの・・・すなわち、薬であなた方を実験台にしていただけなんです。」
隆志は、神崎の目をじっと見つめ、話を聞いていた。
「すみません、こんなこと言ってるようではダメですね。ケジメはつけます。」
隆志は笑った。そして言った。
「神崎さん、僕はお金欲しさにこのバイトをしてきました。でも、実は救われているんです。薬の効果かどうかはわかりません。ただ、働くことがすべてと思っていた自分が、初めてのデートをしたんですよ。しかも、女の子と。」
「それは違います。隆志さんの力です。」
「じゃあ話を変えます。神崎さんはなぜ薬を使わない治療法を研究してるんですか?」
「それは・・・それは、私の母への想いです。それだけです。」
「お母様?」
「私の母は、私が幼い時に亡くなりました。原因は過労だと思っていました。でも、母の日記を見つけたんです。そこには・・・」
神崎は、少し涙を浮かべ、今まで心にしまっていた思いを取り出すように話していた。
「母は、病気だったんです。毎日苦しみながら、それを表に出さず、市販の薬でごまかしながら、平気を装って働いていたんです。」
隆志は黙って聞いていた。
「母を救えたかもしれない。お金がなくても母を救えたかもしれない。それが、僕の研究です。」
隆志は、優しく声をかけた。
「お母様を救いたい一心で研究をなさっていたんですね。それでどうしてその研究がダメなんですか?」
「初めは、症状に対してそれを解消する方法を考えました。企業様に提案し、試薬を作ってもらい実証する。でも、そのうち、人には自然治癒力があることに気づきました。それを引き出す方法で、薬の調合の提案へ方針を変えました。」
隆志は、「ほぅ〜」と関心した声をあげ、質問しました。
「その方が価格も安くなるし、人の自然治癒力も失わない。まさに僕が体験したのと同じです。でもそれのどこがいけないんですか?」
「薬です。薬を使っている限り、それ以上の効果は出ないんです。母のような人を助けられないんです。」
「・・・というと?」
「母の病気の詳細はわかっていません。でも、いくら自然治癒力を高めたところで、母の病気が不二の病だとしたら、どうでしょう。入院なり手術なりをしないといけませんし。
何といっても、市販レベルの薬では効果がないんです。逆に、一時の解消で安心してしまい、根本の原因を解決できないのです。見逃してしまうのです。」
「・・・」
「やはり・・・」
隆志は目を開き、すこし強い口調で言った。
「神崎さん、ちょっと勘違いしてますね。」
「・・・ん?」
隆志の様子に少し戸惑いながら、神崎は隆志の言葉に目を向けた。
「僕が何のために働くと思います?」
「・・そ、それは・・・」
「僕には僕の生き方があるんです。死ぬために生きてるんじゃないんです。」
「死ぬために生きる・・・?」
「それは、ひとそれぞれ生き方、考え方はあります。でも、生きるためにもがくんです。」
神崎も反論した。
「だから・・・だから、救おうと思ってるんじゃないですか!」
「今のあなたに、お母様が救えますか?」
「そ、それは・・・だからこそ・・・」
「僕がお母様だったら、こう考えます。自分は病気かもしれない、ほっといたら大変な事になるかもしれない。でも、今は息子を育てなきゃって。」
「それは違うでしょ。死んだらおしまいだ!」
神崎は、もう必死だった。お前に何がわかる?と叫ぶように言った。
それを聞いて、隆志は冷静に答える。
「息子を育てるという生き方を選択したんです、お母様は。お金が無かったかもしれない。忙しかったかもしれない。病院に行けなかったかもしれない。でも、選択したんです。」
神崎は、隆志の言うことに疑問を持ちながら、震える声で言った。
「じゃあ、母ちゃんが死んで、残された俺の悲しみはどうしたらいい?あんたにわかるか?」
「それはわからない。でも、あなたは、母のような人を救いたいと思ってる。薬がダメなら、他の方法を探せばいい。少なからず、お母様の死は無駄でなかった、そう思います。」
神崎は、泣きわめいた。まわりなんてお構いなしに大声で泣いた。