【一話完結】平成さん

その女性は泣いていた。ある夕暮れの事だった。

          *

花子はある工場の新入社員。裕福な家庭ではなかったので、高校を卒業してすぐに就職。自動車部品の製造工場の軽作業をやっていた。

手先は器用なので、細かな仕事は得意なほうだった。しかし問題はそこにはなかった。

「花子さん、もっと気をつかってね。仕事はひとりでするもんじゃないから」

「・・・」

「ほら、返事は?これだから新人さんは・・・」

昼休みには、パートのおばさんたちが、大声で馬鹿笑いしながら話している。

「どうそっちの新人さんは?」

「ダメよ、ダメ。何考えているのかわからない」

「やっぱり、ゆとりだよね、ゆ・と・り、ダメだわ~」

おばさん特有の耳に障る大声と、まわりをかえりみない笑い声が食堂全体に響き渡る。男性社員や若い女性らは、黙って食事をするしかなかった。

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そして時は経ち、花子が就職してから3ヶ月くらい経った頃だろうか。あるニュースが話題になった。そのニュースとは、花子と同い年くらいの男性が起業し、その事業内容が注目を浴びているというものだった。

その男性の事業とは、飼い犬や猫たちのお見合いを大規模に行うというものだった。それは、愛するペットたちが自由に遊びまわれる大きな空間を作り、それを飼い主たちが食事やお茶をしながら見学し、気になるお相手がいたら申し出るというシステムだった。

花子は別に気にはしなかったが、同い年くらいの男性というのが頭に残っていた。

          *

それからどれくらい月日が流れただろう。花子はボーっとテレビを観ていた。あるドキュメンタリー番組だった。そのドキュメンタリーの主人公は、例の動物お見合いの男性だった。

その男性は太郎というらしい。太郎は犬を撫でながら話す。

「この子も間違えば保健所行きだったんですよ。僕は子供の頃から思っていました。保健所ってなに?って。動物たちを処分するんですよ、信じられない」

また他の場面ではこう言っていた。

「僕は、人がもういらない、面倒見切れないというペットというペットたちをすべて引き取って、動物王国的な施設を作りたいんですよ。そんな思いから、動物相手の仕事をしようって思ったんです」

そして番組の最後にはこう言った。

「僕らの世代は、ゆとりだのなんだのって言われます。でも僕らは自分で考えて生きてきたんです。大人たちが常識っていうものに縛られることなく、自分で選択してきたんです。

大人たちから見れば、変だとか思われるかもしれません。でも僕は思います。常識という安心の中にいない僕らの方が、勇気や知恵があると。僕のことなんて世間ではすぐに忘れられるでしょう。でも僕は僕の為に生きます」

テレビの中でエンドロールが流れる。花子はハッとさせられた。すぐさま財布の中を確認し、一枚の封筒とマジックを持ち、自転車で外に飛び出す。あたりは夕暮れ時だった。

近くのコンビニでお金をおろすと、公園のベンチまで行き封筒を取り出す。おろした一万円を封筒に入れるとマジックで『一万円貯金』と封筒に書いた。

今はまだ何もできないかもしれない。でも、何かできる時が来たときの為に、小さい事だけど始めよう、一万円ずつ貯金していくことを。花子はその封筒をしまうと、沈みゆく夕日を眺めていた。

         *

その女性は泣いていた。ある夕暮れの事だった。

しかし、その眼は希望に満ち溢れたものだった。

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