【一話完結】あとひとつ

大学に通う、咲子は、バイトを始めた。

家庭教師のバイトだ。

咲子は有名大学に通っていたので、すぐに仕事が見つかった。

ある小学6年生に中学受験の勉強を教えることになったのだ。

その家に通い、小学生の道夫くんに勉強を教え始めて数週間が経った。

咲子は、なぜか不思議な気持ちにさせられていた。

というのは、道夫はテストで満点をとる実力があり、練習問題では完璧なのに、学校のテストでは、7割程度しか点数をとってこないのだ。

また、勉強した時も勉強しなかった時も、同じような点数だった。

咲子は、ふと道夫くんに聞いてみた。

「道夫くん、テストで緊張とかしてる?」

「しないよ。」

「いつも同じような点数だね。しかも、この問題なんて、何回も回答できてたよね。」

「ケアレスミスだよ。先生考え過ぎだよ。」

咲子は、それ以上追求できなかった。

そんなある日、咲子は、道夫の母に呼ばれた。

母は言う。

「先生、やっぱり道夫は、勉強を教えても伸びない子です。もうどうしたら良いのか。」

「確か今日テストが帰ってくる日ですね。何点だったんですか?」

母は答案用紙を見せた。65点だった。

咲子は、内容を見た。やはり手を抜いている。確実に道夫くんが理解しているところが間違っている。

しかも空白になっている。

「今までの答案用紙あります?確認させて下さい。」

母は、とっておいた答案用紙をすべて持ってきた。

すべて、60点から70点というものだった。そして、すべての答案用紙に空白回答があった。

「ちょっと貸してください。」

咲子は、その答案用紙を持って、道夫の部屋へ行った。

「道夫くん、ちょっといい?」

「なんですか?」

「この答案用紙、あなた手を抜いてるでしょ。」

「僕もしかしたら、緊張してるのかも。」

「いや、違うわ・・・うん?」

答案用紙の右下になにか文字が書かれている。

『い』

その前の答案用紙を確認する。

『た』

各答案用紙に位置文字ずつ文字が書かれている。

「道夫くん、この番号は何?」

「・・・」

咲子は、答案用紙をさかのぼって、書かれた文字を続けて読んでみた。

「・ ・ ・ り た い し ょ う せ つ か に な り た い」

「小説家になりたい・・・?」

道夫は答案用紙をひったくって、「なんだよ!」と言った。

咲子は気づいた。これは、道夫くんのメッセージだったのだ。

誰かに気づいて欲しい・・・いや、親に気づいて欲しいという気持ちだったのだ。

咲子は「わかった」と言って、部屋を出た。

母のもとへ向かい、ちょっとお話がありますと言い、母を道夫くんの部屋へ連れてきた。

「お母さん、道夫くんはメッセージを送っていたんです。」

「・・・?」

「そうだよね、道夫くん。」

「そんなことないよ。気晴らしに書いていたんだよ。」

そう言うと、道夫くんは、こっちを向かない。

咲子は道夫くんに言う。

「あなた、いつまでもそうやっているの?あなたの夢はそんなもんなの?中途半端なことをしないで!」

道夫はこちらを向き、ギロっと睨んで、机の引き出しを開けた。

そこには、原稿用紙が何百枚、いや何千枚と積み込まれていた。

母は、驚いた顔で「何?」と思っていた。

咲子は、

「お母さん、道夫くんは、お母さんに小説家になりたいってずっと伝えたかったんです。これが、彼のやりたいことなんです。」

「小説家・・・?」

母は理解に時間がかかった。すると、道夫が口を開いた。

「なんのために勉強なんてするんだよ!俺は母ちゃんの人形じゃないんだ。」

「あ、あなたって子は・・・」

母は、泣きそうになっていた。

すると、父が帰ってきた。

咲子は、すべてを父に説明した。父は道夫の部屋へ来た。

「おお、道夫、先生から聞いたよ。お父さんにその小説、読ませてくれないか。」

道夫は「勝手にすれば」と言う。

そして咲子に、「ありがとう。ちょっと、道夫のことをわかってなかったみたいだ。」

続けて道夫に、

「すまなかった。」

と言った。

それから、咲子は道夫の家庭教師のバイトが終わりだと担当者に告げられた。

しかし数週間後、メール便が届いた。

原稿用紙200枚くらいの小説だった。著者 道夫と書かれている。

父からの手紙も入っていた。

『拝啓 咲子先生

 あれから、息子には中学受験を受けさせるのはやめました。

 道夫の小説を読んだんですが、幸せな家庭のことが書かれていて、胸を打たれる思いでした。

 息子にはやりたいことをやらせます。

 ただし、時間を決めて、勉強は勉強でやらせてます。

 先生には大変にお世話になりました。

 本当にありがとうございます。』

咲子は、自分の夢はなんだろうって、ふと思ったが、自分なりにいこうと思い直し、大学の課題を始めた。 ちなみに、その小説 著者 道夫 の表題には、『先生』と書かれていた。

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